気体分子ギャラリーとは
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彦坂尚嘉が作品行為としてやるギャラリーです。
日本の美術界は、彦坂尚嘉から見ると《第6次元》の《6流》作品ばかりが横行しています。それに対して彦坂尚嘉の気体分子ギャラリーは、《超1流》の《超次元》美術作品と、その反転倒錯領域である《41流》の《第41次元》作品を扱います。
《第6次元》というのは自然領域で、《6流》の美術作品というのは、岡本太郎が評価したとされている縄文式土器の中期末期の火炎式土器などの、文明以前の自然採取文化の美術です。つまりアフリカのニグロ彫刻を始めとする、こうした原始民族美術です。しかしそれだけでなくて、モダニズムのミース・ファン・デル・ローエの建築も《6流》であって、実はモダニズム・デザインは《第6次元》に展開されたものが多かったのです。そのせいか、日本の現代美術/現代アートには、芸術という名のもとに、《第6次元》のデザインワークが多量に存在します。
近代そして現代は、大衆社会であって、その中で自然領域である《第6次元》のモダンデザインの製品が、人工的自然として多量に存在するのは、必然であるとは言えます。
しかし文明と芸術の基本は、《第6次元》のデザインを超えた《1流》の《第1次元》の領域にあるのです。縄文式土器で言えば、後期縄文式土器の、地味で、薄い上薬のかかった土器から《1流》になります。そして弥生時代の土器や、古墳文化が《第1次元》なのです。世界美術史で言えば、エジプトをはじめとする文明化した美術が《1流》の《第1次元》なのです。
芸術の基本はここにあります。
日本文化で言えば、仏像を例にすると天平白鳳時代の仏像は《第1次元》です。ですから《1流》の《第1次元》の表現は、社会性を持った、高度のものなのですが、それ故に、たとえばロック音楽ですと、ボストンやジャーニー、カーズなどは、この《第1次元》の音楽になる事で、膨大な量を売るようになり、これらの社会性の高いロックを、産業ロックと批判したのです。ロックに限らず、ジャネットジャクソンのリズムアンドブルースや、安室奈美恵のデザイン化したダンス音楽もまた《第1次元》の音楽で、産業音楽は、《第1次元》にってん介しているのです。後半のマドンナとか、後半のU2も《第1次元》であって、こうした産業音楽のつまらなさと商業性を逃れようとすると、《超次元》、さらにはその反転倒錯した《第41次元》へと超出するしかないのです。
日本仏像史の中では、阿修羅像が、最初の《超次元》の仏像です。そして運慶の仁王像などが、最初の《第41次元》の芸術なのです。
この場合、現代の《超次元》のものの代表は、シャネルのブランド・デザインに代表される高級商品世界が現れて来ます。
つまり《第1次元》や《超次元》というのは、今日では実は商業化が激しくて、 この外に出ようとすると、《第41次元》の運慶の切り開いた領域にまで降りて行かないと、芸術やアートの持つ自由の醍醐味が味わえなくなっているのです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ
「モナリザ」

グリューネヴァルト
「十字架刑図」
